
日産のEVモーター向けレアアース使用量90%削減トレンドで、希土類リサイクル・代替素材セクターに恩恵、ネオジム磁石サプライチェーン上流に逆風──業界構造変化は「混在型」で進行
この記事でわかること
1. 日産の低レアアースモーター技術と中国輸出規制強化が重なり、日本の電機・資源素材セクターの調達構造にどのような変化が起きているか
2. 恩恵を受けるセクター(リサイクル・電磁鋼板)と逆風を受けるセクター(希土類磁石材料)の因果経路・業績への波及時間軸
3. 今後3〜6ヶ月で投資家が注視すべき先行指標と、業界標準化の成否を左右する分岐点
Contents
トレンドの概要
何が変化しているか
日産自動車は、2026年モデルの新型Leafに搭載する駆動モーターにおいて、レアアース(希土類元素、REE: Rare Earth Elements)の使用量を初代Leaf比で90%以上削減したと報じられています(Nikkei Asia等)。特に削減対象となっているのは、ジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)といった重希土類元素(ヘビーレアアース)であり、モーター設計の根本的な技術革新によるものとされています。
なぜ今起きているか
背景には2つの力が同時に作用しています。第一に、中国が2024年4月以降、希土類磁石の輸出ライセンス規制を導入し、完成品に搭載されていないネオジム磁石の輸出を制限したことです。第二に、EV(電気自動車)普及に伴い希土類磁石の需要が構造的に拡大し、中国の輸出支配力が地政学的リスクとして先鋭化してきたことです。これにより自動車メーカーが代替技術の採用判断を前倒しする経済的動機が急速に強まりました。
現在の水準
先行指標データによれば、ネオジム・プラセオジム(NdPr)酸化物の価格は上昇基調にあり、2026年の価格ターゲットが1トンあたり9万ドルに引き上げられたとの分析が出ています(BMI)。2026年1月時点でNdPr酸化物は1トンあたり約99,935ドルに到達したと報告されています。一方、中国の2025年希土類輸出量は少なくとも2014年以降で最高水準に達しており、輸出規制下でも数量ベースでは増加しています。ただし中重希土類の規制が別途強化されている点には注意が必要です。
発生要因の分解
構造的要因(3年以上持続する可能性)
EV普及に伴うモーター用永久磁石の需要拡大は長期的トレンドであり、それに対する中国の資源支配力の強化も構造的です。自動車メーカーの「脱・高REE依存」への研究開発投資は、地政学環境が変わらない限り後退しにくい性質を持っています。希土類フリーモーター技術(スイッチトリラクタンスモーター等)が技術成熟段階に入りつつあることも構造的要因です。
循環的要因(数ヶ月〜2年で変化しうる)
2024〜2025年にかけての中国輸出規制強化は、短期的なサプライチェーン混乱を通じて代替技術採用の判断を前倒しさせました。なお、米中貿易交渉の進展により中国が希土類制限の一部を1年間遅延させる合意も報じられており、規制の実効性は流動的です。
政策・地政学要因
日本政府は希土類戦略の見直しを進めており、2026年度予算審議において中国鉱物依存の低減が議論されていると報じられています。米国ではトランプ政権が120億ドル規模の戦略鉱物備蓄(Project Vault)を推進中です。中国側は日本向け希土類輸出の審査を強化しており、追加書類の提出を要求しているとの報道もあります。
影響経路
| 段階 | 変化の内容 | 意思決定者 | 時間軸 |
|---|---|---|---|
| 第1段階:上流の変化 | 中国の希土類輸出規制強化+NdPr価格上昇(約99,935ドル/トン) | 中国政府 | 進行中 |
| 第2段階:業界構造 | 日産が2026年型LeafでREE使用量90%以上削減を実用化。他OEMへの波及圧力が発生 | 日産・OEM調達部門 | 2026年〜 |
| 第3段階:先行指標 | 【逆風側】ネオジム磁石メーカーの受注鈍化圧力 【恩恵側】リサイクル設備・代替素材の引き合い増加 | 素材企業 | 2026〜2028年 |
| 第4段階:売上・利益 | 【逆風側】磁石材料の販売量減少 【恩恵側】電磁鋼板・リサイクル処理量の売上増 | 各社経営会議 | 2027〜2029年 |
| 第5段階:株価 | 業界標準化の確認度合いに応じて各社バリュエーションに反映 | 市場参加者 | 随時 |
業績ドライバーの分解
逆風側(ネオジム磁石材料メーカー):売上=受注単価×販売量のうち、販売量が中長期で減少圧力を受けます。ただし高機能材に分類されるため受注単価の転嫁力は相対的に高く、単価低下は限定的と考えられます。結果として「量の減少を価格で補えない」構造がコスト固定費の吸収率を下げ、利益率を圧迫する方向です。
恩恵側(電磁鋼板・リサイクル):代替モーター普及に伴い電磁鋼板の販売量が増加方向、リサイクル事業では処理量増加→売上増の経路です。ただし受注から売上計上までのタイムラグは設備投資案件で1〜2年、継続消耗型の素材供給で6ヶ月〜1年程度と見込まれます。利益反映は原材料コスト(鉄鉱石・電力等)との綱引きとなります。
恩恵セクター・企業
恩恵企業は大きく2つのタイプに分かれます。一発受注型であるリサイクル設備メーカーは、大型案件を受注→納入で売上を計上するため、売上の時間軸は短期集中型です。一方、継続消耗型である電磁鋼板メーカーは、量産フェーズ移行後に継続的な素材供給で売上が発生し、時間軸は長期分散型となります。投資家はこの違いを踏まえた上で業績反映タイミングを見極める必要があります。
| セクター | 企業例 | 恩恵の直接度 | 影響の理由 | 影響度 |
|---|---|---|---|---|
| 希土類リサイクル | DOWAホールディングス(5714) | 直接 | EVモーターからの希土類回収需要の増加→資源リサイクルセグメントの処理量・売上向上 | 中(定量根拠不明) |
| 電磁鋼板 | 日本製鉄(5401) | 直接 | 希土類フリーモーター普及時に無方向性電磁鋼板の自動車向け出荷量が増加 | 中(定量根拠不明) |
| 巻線・導体 | 古河電気工業(5801) | 間接 | 代替モーターでの電流密度向上ニーズに伴う導体設計の引き合い増(仮説段階) | 小 |
DOWAホールディングス(5714)について補足します。同社は非鉄金属リサイクル事業を展開しており、EVモーターからの希土類回収という成長分野に直接的に関与しうるポジションにあります。ただし、直近決算における当該セグメントの受注・売上・利益の具体数値、および全社売上に占める比率は、今回の検索結果からは確認できず不明です。リサイクル需要の本格化は2028年以降と想定されるため、短期的な業績寄与は限定的です。
日本製鉄(5401)の電磁鋼板事業は、EV用モーター向け素材として既に供給実績がありますが、希土類フリーモーター向けの具体的な受注動向や全社売上に占める比率は不明です。恩恵の時間軸は代替モーターの採用速度に依存し、2028年以降に本格化する可能性が高いと考えられます。
逆風セクター・企業
| セクター | 企業例 | 逆風の直接度 | 影響の理由 | 確度 |
|---|---|---|---|---|
| 希土類磁石材料 | TDK(6762)磁性材料セグメント | 直接 | EVモーター向けネオジム磁石の需要成長鈍化→磁性材料セグメントの販売量に下押し | 中(他OEM追随が条件) |
| 希土類調達商社機能 | (業態全般) | 間接 | 中国産REEのトレーディング需要縮小。ただし多角化事業体のため業績インパクトは軽微 | 低 |
TDK(6762)の磁性材料セグメントは、EVモーター向けネオジム磁石関連製品を含みます。日産および追随OEMのREE使用量削減が進んだ場合、このセグメントの販売量に下押し圧力がかかる方向です。ただしTDKは電子部品・センサー等の製品ポートフォリオが極めて多様であり、磁性材料の全社売上に占める比率次第で全社業績への影響度は大きく異なります。現時点ではセグメント別の定量データが確認できないため、確度は「中」にとどまります。逆風が本格化する条件は「日産以外の主要OEMが追随し、低REEモーターが業界標準化する」場合です。
混在領域
信越化学工業(4063)は恩恵・逆風の両面を持つ混在企業です。同社の希土類磁石事業セグメントは、EVモーター向けネオジム磁石の需要縮小により販売量に下押し圧力を受ける逆風面があります。一方で、同社が希土類リサイクルや代替材料開発に参入・拡張する場合は恩恵を受ける可能性もあります。希土類磁石事業の全社売上に占める比率は今回の検索結果からは不明であり、直近の四半期決算ではインフラ材料セグメントの一時的不調が報じられていますが、希土類磁石セグメント固有の受注動向は確認できていません。
ボトルネック分析
本テーマにおける成長制約(ボトルネック)は以下の3点です。
第一に、リサイクル技術の商業スケール化が未確認であること。日産と早稲田大学が開発した高温溶融リサイクルプロセスは研究報告段階にあり、商業規模での採算性・処理能力は不明です(仮説段階)。リサイクル設備の需要が発生しても、技術実証が完了するまでは設備投資が本格化しないリスクがあります。
第二に、代替モーター技術の性能限界。希土類フリーモーターはネオジム磁石モーターに比べてエネルギー密度・出力密度で劣る場合があり、高性能車種への採用が限定される可能性があります。政策や需要があっても、技術性能が供給の制約となる構造です。
第三に、2026年型Leafの生産自体にサプライチェーンボトルネックが報じられていること。新技術を搭載した車両の量産が計画通りに進むかは、日産の経営再建の進捗にも依存します。
先行指標と現状
| 指標名 | 現在の水準 | 直近の変化 | 影響 | 優先度 |
|---|---|---|---|---|
| NdPr酸化物価格 | 約99,935ドル/トン(2026年1月) | 上昇基調。2026年ターゲット9万ドル/トンに引き上げ | 価格上昇は代替技術採用の経済的動機を強化。磁石メーカーの原材料コスト上昇 | 最重要 |
| 中国の希土類輸出量 | 2025年は2014年以降最高水準 | 2025年11月は前月比13%増。ただし磁石の対米輸出は11月に前月比11%減 | 規制下でも総量は増加しているが、品目・仕向地別では制約が顕在化 | 最重要 |
| 他OEMの低REEモーター採用発表 | 現時点で日産以外の具体的発表は確認できず | 変化なし | 業界標準化の速度を左右する最重要トリガー | 次点 |
| 信越化学工業(4063)四半期決算 | 直近はインフラ材料セグメント不調と報告 | 希土類磁石セグメント固有の開示は不明 | REE需要縮小の業績影響が最初に数値として現れる指標 | 次点 |
| 中国の日本向け希土類輸出審査状況 | 追加書類要求を実施中と報道 | スクリーニング強化中 | 日本の素材メーカーの調達コスト・リードタイムに直結 | 次点 |
| 日本政府の2026年度予算・希土類戦略 | 予算審議中。具体的な補助金規模は不明 | 中国鉱物依存低減が議題 | 国内リサイクル設備投資への補助金規模が恩恵企業の投資判断に影響 | 補助 |
| 米国の戦略鉱物備蓄(Project Vault) | 120億ドル規模と報道 | トランプ政権が推進中 | 米国REE関連株への資金流入が日本株への間接波及材料 | 補助 |
業績予測(3シナリオ)
| シナリオ | 確率 | 主たるトリガー | 逆風側(磁石材料) | 恩恵側(リサイクル・電磁鋼板) |
|---|---|---|---|---|
| ベースケース | 50% | 日産が2026〜2027年に自社モデルへ順次展開。他OEMの追随は2〜3年のタイムラグ | 希土類磁石セグメントへの影響は3〜5年で顕在化するが、短期的な数量減少は軽微 | リサイクル設備需要は緩やかに立ち上がり、業績貢献は2028年以降 |
| 上振れ | 20% | 中国が2025〜2026年に追加規制を大幅強化。トヨタ・Honda等が低REEモーター発表を前倒し | 磁石材料セグメントのダメージが早期化・拡大 | リサイクル処理量・電磁鋼板出荷量が2026〜2027年に前倒しで顕在化 |
| 下振れ | 30% | Leafの販売低迷+低REE技術が日産固有に留まる。中国が輸出規制を一部緩和 | ネオジム磁石需要はほぼ影響を受けず現状維持 | リサイクル需要の立ち上がりは2030年以降に遅延 |
確率設定の根拠:ベースケース50%は、日産単体の技術実用化が複数メディアで確認済みである一方、他OEMの追随が未確認であることを反映しています。上振れ20%は、中国の追加規制強化の可能性が排除できないものの具体的な追加措置の根拠が現時点で確認できないため低めに設定しました。下振れ30%は、2026年型Leafの供給制約が現在進行形で報じられていること、および米中間の希土類制限延期合意(1年間)が報じられていることから、技術採用の実効性と普及速度に無視できない不確実性があると判断した結果です。上振れ(20%)と下振れ(30%)の10%差は、現状の先行指標が「規制緩和方向の合意」を示唆している点に基づきます。
反対シナリオ・リスク
トレンド終息条件
第一に、中国の輸出規制緩和。先行指標データでは、米中貿易交渉の一環として中国が希土類の最新輸出制限を1年間遅延させる合意が報じられています。日中関係の改善が進めば、低REE技術採用の経済的動機が急低下するリスクがあります。
第二に、代替技術の性能限界。低REEモーターの出力密度がネオジム磁石モーターに及ばず、高性能車種への採用が見送られる場合、業界標準化は大幅に遅延します。
第三に、日産の経営リスク。日産は現在経営再建中であり、技術開発投資の継続能力自体に不確実性があります。
市場の織り込み状況
日産のREE90%削減は複数の主要メディアで広く報道済みであり、情報自体の新規性は低下しています。ただし、他OEMへの波及や業界標準化については具体的な発表がなく、市場が「業界全体の構造変化」として十分に織り込んでいるかは不明です。信越化学工業(4063)の株価にREE需要縮小リスクがどの程度反映されているかも、現時点では確認できません。
投資家が見るべきポイント
今後3〜6ヶ月で最も重要なのは以下の3点です。
①信越化学工業(4063)の四半期決算における希土類磁石関連セグメントの開示。REE需要縮小の影響が最初に数値として現れるポイントであり、受注・売上の方向性を確認する最優先指標です。
②他の日本OEM(トヨタ・ホンダ等)による低REEモーター採用の発表有無。これが確認されれば業界標準化のシナリオが大きく前進し、恩恵・逆風の双方が加速します。現時点では未確認であり、このトリガーが出るかどうかがシナリオ分岐の最大のポイントです。
③NdPr酸化物価格の推移。現在約99,935ドル/トンと高水準にあり、価格が上昇を続ける限り代替技術採用の経済合理性は維持されます。逆に価格が急落すれば、低REE技術の採用動機が弱まり下振れシナリオの確率が上昇します。
まとめ
本テーマにおける要因を改めて整理します。構造的要因としては、EV普及に伴う希土類需要の拡大、中国の資源支配力の強化、自動車メーカーの脱REE依存の研究開発投資があり、これらは3年以上にわたり持続する可能性が高いと判断されます。循環的要因としては、2024〜2025年の中国輸出規制強化と米中貿易交渉の進展があり、規制の実効性は数ヶ月〜2年単位で変化しうる流動的な要素です。
成長の上限を画するボトルネックとしては、リサイクル技術の商業スケール化が未実証であること、代替モーターの性能限界、および日産自身の経営再建リスクが挙げられます。政策支援や需要拡大があっても、これらの制約が解消されない限り恩恵セクターの業績寄与は限定的にとどまります。
日産のレアアース削減は需要拡大型ではなく技術転換型のテーマであり、他OEMの追随による業界標準化の確認が恩恵・逆風の双方にとって成否の最大の分岐点となります。
本記事は特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。記事中の情報は執筆時点で入手可能な公開情報に基づいており、正確性・完全性を保証するものではありません。将来の業績や株価の動向を保証・予測するものでもありません。









